2014年2月8日土曜日

組織に対する誇りや愛着

自分が所属していた組織などに誇りや愛着をもっていない。

それがなぜかクールでかっこいいと思っていた。

理由ははっきりとはわからないけれど、いくつか思いつくものがある。

その一つが昔メタルギアソリッドというゲームである。

主人公スネークのように国籍などが不明で自分の出身もよくわからないが、それでも生き抜いているという姿がかっこいいと思った。

二つ目が、自分に自信がなかったことの反動だ。

自分には実力があるから、本来であればどこの組織にいることもできるけれど、その組織がたまたま今いる組織だっただけである。

なので、他の数多ある組織と比較して特別になにか感情を抱いているわけではない、また組織の知名度などを自分の後光とするつもりもないですよ、と思いこむことで、自分の自信のなさをごまかしていたのだ。


もちろん、上記のことも嘘ではないのだが、その他にも理由があることに気付いた。

それは、自分が結果を出せなかった場合の言いわけの用意であった。

本気で心血を注いで取り組んだのに、大した結果が出せなかった。

それは非常に恰好がわるい。

そういう場合に、どのタイミングかはわからないが、「そもそも組織に対して愛着を持っていなかったので、本気も出していなかったから、こういう結果になるのは当たり前」という言いわけをして、死ぬ気で努力することを逃げていたようにも思う。


そういう風に、様々なことを振り返っていくと、それぞれ取り組んでいた当時に本気で取り組んでいただろうかと思う。

詳細に振り返れば、確かに自分の睡眠時間やプライベートの時間も削り、ときには優先順位を変更したりもして取り組んでいたので、その当時は当時なりに本気で取り組んでいたのだと思うが、まだなにか改善する余地があったのではないかと思う。

強いて甘かった点を挙げるのであれば、PDCAが出来ていなかったと思う。

ただひたすら、目先のことだけを一所懸命に走っていた。



現在、夢を追いながら仕事をしている。

仕事は仕事なので、いつも本気で手を抜いているつもりはないが、しかし特に情熱というものはもっていない。

仕事だから本気でやっている、それだけである。

趣味のサークルなどがあれば話は違ってくるとは思うが、現在は特にサークルなどには所属していない。


必ずしも生活の全てを組織にささげることだけが、組織に愛着や誇りをもつ手段の全てではないと思う。

というか、社会人で仕事以外でそんなことをするのは、まず無理だ。


でも日々、PDCAを心がけることや、その時点でどの程度本気をだせ実行していけるのかを意識していれば、結果として組織に対する愛着や誇りは持てるようになると思うので、今度環境が変わり別の組織に入るときは、意識していこうと思う。

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