現在の職業はエンジニアなので、仕事上体を酷使することはそれほどないはずなのだが、一日が終わると、なぜかどっと疲れていた。
勉強など、やらなければならないことはたくさんあるはずなのに、そこまでやる気力が起きない。
「気合が足りない」という意見もあるだろうが、基本的に精神論はあまり好きではない。
「気合」や「根性」というのは、最後の最後の最後で使う分にはいいと思うが、それまでにまだやるべき合理的な対処があるはずだ。
さて、なぜこんなにも疲れているのだろうか考えてみた。
一つは、姿勢がよくないと思った。
つい先日も姿勢が悪いと指摘をうけ、姿勢が悪いから自信がなさそうに見えると言われた。
よくよく自分の動きを見直してみると、その姿勢が悪い状態で仕事をし、一日の大半を過ごしているので、変なところに力が入り、肩も凝っていたような気がする。
さらに、楽器を弾いているときは姿勢がよいことに気づいた。
「姿勢がよい」という状態がいまいちイメージができていなかったが、「楽器を弾いているときの姿勢」で普段の仕事をしてみると、幾分かマシになった気がする。
もう一つある。満員電車だ。
「満員電車」という単語を聞いただけで、もう疲れそうだがそこをもう少し掘り下げてみた。
ただ電車に乗っているだけだが、実はその間にかなりの刺激を受け取っているように感じた。
目の前に広がる大量の人の姿、駅に到着するたびにある人の流れ、(場合によっては)至近距離にいる人の臭い、広告、窓の外を流れる景色、電車の音、そして電車の中では半ば習慣的にスマートフォンをみているのでスマートフォンからの情報。
さらに自分のコンフォートゾーンまで人が密着していることそれ自体もストレスだ。
そして職場では、ずっとパソコンをみている。
刺激が多いと自然と雑念を誘発するもので、電車の中などではいろいろなところに注意が跳び、とりとめのない考えがずっと頭の中を駆け巡っているようだった。
あまりにも情報が多すぎると思い、試しに時間さえあれば目を閉じてみることにした。
「きちんと睡眠を取らないと目だけ閉じたって意味ないじゃないか」と思っていたが、個人的には意外と効果がある気がした。
目を閉じて外界からの刺激を制限すれば、頭がニュートラルな状態になり、うまくすれば自分の内面にも気が届く。
刺激に(無意識的に意識的に問わず)いちいち反応して、あれもやらなきゃこれもやらなきゃと追い立てられていた感じが少し落ち着いたような気がした。
今まで、体力をつけようといろいろ試してみたこともあった。
そのときは、文字通り「基礎体力をあげる」ことだけに目がいってしまっていたが、「体力の消費を抑える」ことも重要だなと感じた、ここ最近であった。
2020年1月31日金曜日
2017年10月12日木曜日
最近の気づき
今日の一日。朝から盛りだくさんな一日だった。
朝のスタートは6時より前からスタート。
最近、早起きのコツをつかみ、比較的継続して早起きできており、余裕をもった朝の時間を送れている。
通勤ラッシュをそれほど避けられるわけではないが、出勤前の少しの時間と出社後始業前の休憩室での時間を勉強などの時間に充てている。
現在は、キャリアプランのことも考え、契約勤務時間を減らしているのでお昼過ぎで仕事は終わり。
でもそのあとがなかなか盛りだくさんだった。
まず向かったのが楽器店。
乾燥剤とペグの動きをなめらかにする道具(コンポジションといいます)を購入した。
そのあとに、anytimefitnessの月会費を延滞してしまっていたのでそれを支払いにいく。
なぜだかわからないが、いたるところ電車が結構送れていたので、移動に思ったより時間がかかってしまった。
その後はお昼というには遅すぎるが、食事をし一旦帰宅。
少し休憩して、NCCの授業へ向かう。
授業の内容について詳しいことを書くのは控えるが、今日は結構文法的に適当なことをたくさんしゃべってしまったなと反省。
例えば、I have no idea.と言おうとしていたのに、I don't have no idea.とか言ってしまった。文脈とかから言わんとすることは伝わったのでスルーされたが、その場で気づかずしばらくしてから気づくという有様。
他にもいろいろ間違えているような気がするが、それを未だに間違えてしまうのは少しショックだった。
ということで今日一つ目の気づき。
NCCへ入学するときの説明会かなにかで、「Thank you とかいう時に、いちいち英語で話してるって意識しないで、ありがとう=Thank you とというでしょ。それと同じレベルで自然に英語をしゃべるようにできなければならない」みたいなことを言われた。
個人的な例でいえば、I don't know.とか I see. とかぐらいならなんとなくあんまり考えなくても言えるし。
理屈の上でも当然だが、一かたまりのフレーズとして見てしまっているんだろうし、口の筋肉とかにも一連の動きとして染み付いているんだと思う。
ただ、反射的に正しく言えないフレーズってのは、一つの理由として口の筋肉に一連の動きとして染み付いていないってのもあるとは思う。。。
と、くどくど言い訳じみたことを書いてしまったが、もっと勉強と練習をする。
今日初めて気づいたわけではないが、細切れの時間でも結構勉強できるものなんだなということに気づく。
それこそ、単語の暗記とかであれば、時間を測ってみたら100個ぐらいをパッパと一回りするのに、10分前後で終わることがわかった。
ということは数分程度でもかなりの数が回せることになる。
例文暗唱系であれば、代替1〜2分ぐらいで1Topicを言い切れるような目標なので細切れの時間でもできることになる。
それこそ、文章さえ覚えてしまえば、ひたすら声に出して、口の筋肉の練習であれば、歩きながらとか電車に乗っているときとか、その他ほぼありとあらゆるときでできる気がする。
そういう感じでどのくらいの時間がかかるか目安が計算できるようになったので、「この時間があればこれができる」というのがわかるようになってきたので、時間を有効活用できるようになってきた。
それに対して実際の時間はどれくらいあるのか冷静に考えてみた。
意外にあるものだ。
いままで、時間がないないと弱音を吐いていたが、その気になれば有効活用できるものなんだなと思ってきた最近だった。。
朝のスタートは6時より前からスタート。
最近、早起きのコツをつかみ、比較的継続して早起きできており、余裕をもった朝の時間を送れている。
通勤ラッシュをそれほど避けられるわけではないが、出勤前の少しの時間と出社後始業前の休憩室での時間を勉強などの時間に充てている。
現在は、キャリアプランのことも考え、契約勤務時間を減らしているのでお昼過ぎで仕事は終わり。
でもそのあとがなかなか盛りだくさんだった。
まず向かったのが楽器店。
乾燥剤とペグの動きをなめらかにする道具(コンポジションといいます)を購入した。
そのあとに、anytimefitnessの月会費を延滞してしまっていたのでそれを支払いにいく。
なぜだかわからないが、いたるところ電車が結構送れていたので、移動に思ったより時間がかかってしまった。
その後はお昼というには遅すぎるが、食事をし一旦帰宅。
少し休憩して、NCCの授業へ向かう。
授業の内容について詳しいことを書くのは控えるが、今日は結構文法的に適当なことをたくさんしゃべってしまったなと反省。
例えば、I have no idea.と言おうとしていたのに、I don't have no idea.とか言ってしまった。文脈とかから言わんとすることは伝わったのでスルーされたが、その場で気づかずしばらくしてから気づくという有様。
他にもいろいろ間違えているような気がするが、それを未だに間違えてしまうのは少しショックだった。
ということで今日一つ目の気づき。
NCCへ入学するときの説明会かなにかで、「Thank you とかいう時に、いちいち英語で話してるって意識しないで、ありがとう=Thank you とというでしょ。それと同じレベルで自然に英語をしゃべるようにできなければならない」みたいなことを言われた。
個人的な例でいえば、I don't know.とか I see. とかぐらいならなんとなくあんまり考えなくても言えるし。
理屈の上でも当然だが、一かたまりのフレーズとして見てしまっているんだろうし、口の筋肉とかにも一連の動きとして染み付いているんだと思う。
ただ、反射的に正しく言えないフレーズってのは、一つの理由として口の筋肉に一連の動きとして染み付いていないってのもあるとは思う。。。
と、くどくど言い訳じみたことを書いてしまったが、もっと勉強と練習をする。
今日初めて気づいたわけではないが、細切れの時間でも結構勉強できるものなんだなということに気づく。
それこそ、単語の暗記とかであれば、時間を測ってみたら100個ぐらいをパッパと一回りするのに、10分前後で終わることがわかった。
ということは数分程度でもかなりの数が回せることになる。
例文暗唱系であれば、代替1〜2分ぐらいで1Topicを言い切れるような目標なので細切れの時間でもできることになる。
それこそ、文章さえ覚えてしまえば、ひたすら声に出して、口の筋肉の練習であれば、歩きながらとか電車に乗っているときとか、その他ほぼありとあらゆるときでできる気がする。
そういう感じでどのくらいの時間がかかるか目安が計算できるようになったので、「この時間があればこれができる」というのがわかるようになってきたので、時間を有効活用できるようになってきた。
それに対して実際の時間はどれくらいあるのか冷静に考えてみた。
- 朝起きてから家を出るまでの時間 準備の時間とかを除くと30分もないかも。でも準備しながらぶつぶつ暗唱とかはできる
- 始業までの時間(1時間ぐらい)
- 昼休み(1時間)
- その他休憩時間
- 電車乗っている時間 どのくらい移動するかにもよると思うが、電車がくるまでの待ち時間+乗っている時間を合わせると少なくとも数分以上は確実にある
- その他挙げきれないほどの細かい時間
意外にあるものだ。
いままで、時間がないないと弱音を吐いていたが、その気になれば有効活用できるものなんだなと思ってきた最近だった。。
2014年1月7日火曜日
私の英語学習法
今日はネタがないので、自分が英語をどのようにして勉強しているか紹介しようと思う。
ただ紹介に値するほどの勉強法というわけでもないだが。
自分は文法があまり好きではない。
理由ははっきりとはわからないが、強いて挙げるなら高校一年生のときの英語の授業に端を発すると思う。
理由ははっきりとはわからないが、強いて挙げるなら高校一年生のときの英語の授業に端を発すると思う。
当時は重箱の隅をつつくような文法ばかり講義された印象があり、にも関わらず英語がなかなか読めるようにもならない。
読めるようになっている状態をイメージ出来なかったので、文法を勉強する意味がわからず嫌いになった。
読めるようになっている状態をイメージ出来なかったので、文法を勉強する意味がわからず嫌いになった。
その頃から漠然とではあるが、ツールとして英語を使えるようになる勉強法は何かと模索するようになった。
多少の紆余曲折はあったものの、現在は基本的には大量の英語に触れるという方針で勉強をしている。
かの夏目漱石も大量の英語に触れることで英語を習得したようだ。
ある程度英語に慣れてきたら文法をやってみるのもいいかもしれないが、最初から文法だけというのはどうなのだろうか。
子供の言語習得過程と成人のそれを一概に比較することはできないが、やはりある程度大量に触れる中で習得する必要があるのではないか。
まず、一番のメインは多読である。
SSS英語学習法研究会というところが提案している学習法で、自分がそれまでにやってきた延長線上にあることもあり共感して、多読に取り組んでいる。
多読用の教材というのがあり、大型書店やあるいは大学図書館などにはあるのだが、それを使い易しい本から難しい本へ徐々に徐々にステップアップをしていく。
まあ詳細は
辺りをみてもらった方が早いので省略する。
基本的には語彙などはこれで習得。
基本的には語彙などはこれで習得。
但し、TOEICやTOEFLのよう試験のためにある程度語彙を増強する必要があるときは別途単語帳などを使って勉強するが、基本的には多読では辞書は一切ひかない。
文脈や状況から単語の意味がだんだんわかり、日本語を介さず直接イメージを結びつくようになる。
なので自分なんかは、示している内容はわかるが、それに該当する日本語がわからないといったことがたまに起こったりもする。
まあそれは日本語の語彙の問題か。
文脈や状況から単語の意味がだんだんわかり、日本語を介さず直接イメージを結びつくようになる。
なので自分なんかは、示している内容はわかるが、それに該当する日本語がわからないといったことがたまに起こったりもする。
まあそれは日本語の語彙の問題か。
それとリスニングには、多読教材についてくるCDやTEDというサイトでいろいろプレゼンを聞くことで勉強している。
ライティングは最近始めたばかりだが、Lang-8というSNS型の相互添削サイトを使っている。自分の勉強している言語を添削してもらう代わりに、自分は日本語の添削をしてあげるのだ。
スピーキングは正直あまり取り組めていない。一度英会話カフェにいったことがあるがそれっきりだ。しいて言えばシャドウイングをしているぐらいか。
「The Giver」というのは、翻訳版が存在していてそれを中学生のときに読んで考えさせられたのだが、平易な言葉で書かれているのだが、当時読んだときも、今思い返してみても、なかなか深いテーマを扱っていたと思う。
ただいづれもまだ達成できていない。
道のりは長いようだが、頑張ろうと思う。
登録:
投稿 (Atom)


