2020年1月31日金曜日

視覚からの情報量

現在の職業はエンジニアなので、仕事上体を酷使することはそれほどないはずなのだが、一日が終わると、なぜかどっと疲れていた。


勉強など、やらなければならないことはたくさんあるはずなのに、そこまでやる気力が起きない。


「気合が足りない」という意見もあるだろうが、基本的に精神論はあまり好きではない。


「気合」や「根性」というのは、最後の最後の最後で使う分にはいいと思うが、それまでにまだやるべき合理的な対処があるはずだ。




さて、なぜこんなにも疲れているのだろうか考えてみた。



一つは、姿勢がよくないと思った。


つい先日も姿勢が悪いと指摘をうけ、姿勢が悪いから自信がなさそうに見えると言われた。


よくよく自分の動きを見直してみると、その姿勢が悪い状態で仕事をし、一日の大半を過ごしているので、変なところに力が入り、肩も凝っていたような気がする。



さらに、楽器を弾いているときは姿勢がよいことに気づいた。



「姿勢がよい」という状態がいまいちイメージができていなかったが、「楽器を弾いているときの姿勢」で普段の仕事をしてみると、幾分かマシになった気がする。





もう一つある。満員電車だ。


「満員電車」という単語を聞いただけで、もう疲れそうだがそこをもう少し掘り下げてみた。


ただ電車に乗っているだけだが、実はその間にかなりの刺激を受け取っているように感じた。


目の前に広がる大量の人の姿、駅に到着するたびにある人の流れ、(場合によっては)至近距離にいる人の臭い、広告、窓の外を流れる景色、電車の音、そして電車の中では半ば習慣的にスマートフォンをみているのでスマートフォンからの情報。


さらに自分のコンフォートゾーンまで人が密着していることそれ自体もストレスだ。


そして職場では、ずっとパソコンをみている。


刺激が多いと自然と雑念を誘発するもので、電車の中などではいろいろなところに注意が跳び、とりとめのない考えがずっと頭の中を駆け巡っているようだった。


あまりにも情報が多すぎると思い、試しに時間さえあれば目を閉じてみることにした。


「きちんと睡眠を取らないと目だけ閉じたって意味ないじゃないか」と思っていたが、個人的には意外と効果がある気がした。


目を閉じて外界からの刺激を制限すれば、頭がニュートラルな状態になり、うまくすれば自分の内面にも気が届く。


刺激に(無意識的に意識的に問わず)いちいち反応して、あれもやらなきゃこれもやらなきゃと追い立てられていた感じが少し落ち着いたような気がした。





今まで、体力をつけようといろいろ試してみたこともあった。


そのときは、文字通り「基礎体力をあげる」ことだけに目がいってしまっていたが、「体力の消費を抑える」ことも重要だなと感じた、ここ最近であった。


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