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2023年5月15日月曜日

オケの練習スタート!

 9/3にある本番の練習が始まりました。

が、、昨日と今日で雨。。

思い楽器を持ち運びたくない。。

曲はシューベルトとブルックナーです。

以前ブルックナーの1番をやって、今回5番ということで、今回2回目ですが、聞けば聞くほど味わいがでてきますね。

ということで、宣伝です!


2023/9/3(日)  昼公演

FAF管弦楽団第64回定期演奏会

指揮 : 米津俊宏

ブルックナー交響曲第5番

シューベルト交響曲第3番

すみだトリフォニーホール

FAF管弦楽団第64回定期演奏会

連絡を頂ければ、チケットの用意も可能です!

2019年8月13日火曜日

エモい季節3選

約30年ほど生きてきて、毎年毎年四季を経験しているはずなのに、今更ながら「この季節好きかも」っていうのを発見したので、語ってみる。

一般的な四季の分類より細かく区切ってます。

残暑

まずは、今日のことから。

夏真っ盛りもいいけれど、暑さが峠を超えて少し涼しくなったぐらいの時期が好きかもしれないと思った。

単純に暑くないからっていうのもあるけれど、夏が終焉に向かっている感じがして、蝉とかの鳴き声が、夏を名残惜しんでいるように聞こえる。

なにか儚さを感じる。

暑すぎないから、暑さに耐えることばかりに神経を使わず、一歩引いて「夏」という季節に向き合える気がした。


秋から冬に向かう季節

続いてこれからくる季節。

決して寒い季節の方が好き、というわけではない。

この季節、お祭りなんかが催されることも多い。

さらに、気温が下がってくるので、心なしか人肌恋しくなる。

そんな二つの状況が噛み合って、いろいろドラマが生まれたり、普段は心の奥にしまわれていることが、表に出てきて素直になれたりする気がする。

素直になりたいけど、なれない、みたいなもどかしい感じだとしても、それもまたいとおかしという感じか。

でも、寒いのはいや。

冬至から初夏

寒いのは嫌いとか言っているわりには寒い季節の割合が多い気がする。

天文学上は、冬至が一番日が短い。

一番短いということはあとは、「長くなっていくだけ」。

日照時間が単調増加に転じます。

「日のあたる時間が長くなる」っていう表現だけで、随分前向きな感じがしてくるし、実際、日に日に日照時間が長くなっていくのがわかるから、冬が明けていく感じを肌で感じることができる。



それと個人的には、音楽を重ね合わせてしまう。

それも2曲あって、一つは『チャイコフスキー交響曲第一番(冬の日の幻想)』。

「冬の日の幻想」というように、冬の曲。

ただし、舞台はロシアの極地みたいな場所のイメージなので、日本の冬とは比べものにはならないのだけど、全体的なしつこさが「冬ってこういうもんだよな」と、自分自身で納得させてくれる。

近年は東京とかでは氷点下になることはあまりないけど、毎日気温が低くても、毎日吹雪いていても、「冬ってこういうもんだよな」と納得することで、寒いのが嫌いだけど耐えられる。

あのしつこさは、一度北海道とかで生活してみれば、体感として理解できる。

機会がある人は体で理解しておくべき曲。



もう一曲は『シューマン交響曲第一番「春」』。

先ほどのチャイコフスキーもそうだけど、どうやら巡り合わせがいいようで、この2曲については人生に2回演奏したことがある。

しかもわりと節目のタイミングで。

こちらの曲は序奏部から主題に入るまでが非常に情景的な曲。

厳しい冬を超えて、少し寒さが穏やかになって、そして雪が溶けて、春に向けて動植物が活動し始めて、そして春満開(提示部)に突入。

4楽章も同じく情景的な感じ。

途中までは、春の到来をみんながよろこんで唄っているような感じで可愛らしい感じ。

それで最後は、夏へ向けての期待感を解放して終結するといった感じだろうか。




ちなみに、シューマンの「春」については以前も書いたことがあるような気がするなぁと思って過去の記事を見返していたら、他にこんなことを書いていた。






全体的に、「もののあわれ」を感じられるような瞬間が好きなのかもしれない。

2019年3月13日水曜日

脳の処理速度

最近、youtubeをみていたら懐かしいこんな動画を見つけた。


 



当時は、視覚的に楽しいことばかりに目がいってしまって、このシーンは特別なにも思わなかったけれど、今見てみると結構深いことを言っているなぁという気がした。


印象的なのは、

「私のほうが早くて強いとしても、そのことは私の肉体と関係あるかな、この世界で」

「君が吸っているのは酸素か?」

「どうしたんだ、もっと速いはずだぞ」

「頭で考えようとするな」

とか。

結局、あの中はプログラムの世界だから、肉体とか関係ないと。

現実世界なら、体が大きいとか、力が強いとか、物理的なアドバンデージやディスアドバンテージがあるけど、プログラムの中ではそんなことは関係ないと。

それでもなお、「相手の方が(物理的に)速い」とか「(物理的に)強い」と思うのは、それこそ思い込みな訳で。

プログラムの中では実際には肉体はつかってないわけだから関係ない。




で、それを踏まえると、「どうしたんだ、もっと速いはずだぞ」というのは、「もっと(脳の処理速度は)速いはずだぞ」ということだと思う。「物理的に早く動けるはずだぞ」ということではなく。

実際に肉体を動かしているならいざしらず、脳の中の出来事だから、物理的な制約はなくて、本人がどれくらいの速さまでイメージできているか、脳で処理できるかという問題なので、「お前はもっと頭の回転速いだろ!」って意味だと思った。




「頭で考えようとするな」っていうのも示唆深い。

頭で考えて行動しているうちは、やっぱり全体的にパフォーマンスが悪いというのはなんとなくわかる。

自分の例でいえば、ヴィオラと英語と数学。

ヴィオラに関していえば、いちいち弓の持ち方とか、音を正確にとることとかを考えて動かしていたら、難しい曲とか速いパッセージは弾けたもんじゃない。

普段は考えながら練習するわけだけど、最終的には考えなくても自動的に動くようになって、それもさらに超えると初めて自分の思うように弾けるようになる。




英語に関しては、最近成長を感じ始めたけど、ネイティブと話す時に、細かい文法まで意識しなくても、スラスラと英語がでてくるようになった気がする。

英語モードへ切り替わると、いちいち日本語を英語に訳すのではなく、なんかなんとなく言いたいことだけ考えて、そのまま英語で話しだせるようになっている気がする。

その時の感じで、なんとなく頭では考えてない状態に近いなと思った。

文法を気にしたり、「あれって何ていうんだっけなー」とか思いながら話すのが、考えている状態。



あと数学もわりと似ていて、よくありがちな典型的な議論とかは、なれてくると「同様に」とか「よくある議論で」とかで端折ることが多い。

でも、数学を学び始めた最初のころは、そういう典型的な議論も知らないし慣れていないので、意味を考えながら証明をしているわけで。

それがだんだん証明をフォローするスピードが上がってくる。




だから、十分な知識やスキルがあるという前提ではあるけれど、それがあるのであれば、まさに考えながら行動するっていうのは、足枷をつけているようなものではないかなと。

余計なことを考えず、マトリックスの言葉を借りていうのであれば、「心を解放」すれば、高速でいろいろ処理できるのかなという気がした。

2018年2月20日火曜日

演奏会が終わりました。

さてもう一昨日のこととはなってしまいますが、演奏会が終わりました。

先日は自分が所属しているFAF管弦楽団の演奏会。

ハフナーとロマンティック。

指揮者の先生が永峰先生ということもあり、思いっきり弦が鍛えられ、いい演奏会になったと思います。

ヴィオラも美味しいポイント決められたし!

しかし、ブルックナーは体力的に結構きます。3楽章でリピートしたあたりで軽く絶望しました。。。

次回も近くなったらまた宣伝します。

今年は今決まっているだけでも、来月エキストラでのっているオケと、そのあと室内楽の本番もあったりと割りを充実した日々。

ちょっと大変だけど頑張ろう。



             FAF管弦楽団Facebookページ

2018年1月29日月曜日

出演するオケの告知

そういえば、そろそろ告知しておかなくては。

いつも演奏会後に、報告形式とってて宣伝の意味ない汗)

来たる2月18日に自分が所属するオケの本番がありますので、ご都合つく方はぜひ。

僕にご連絡頂ければチケットご用意できます。


2017年12月28日木曜日

新たな出会いと忘年会

2017年も終わりに近づいており、いろんなところで忘年会が開かれています。

うれしいことに、自分もいろんな忘年会に誘われています。

体力やお金の問題で、欠席にするものもいくつかあるのですが。

そんな中でも、今年は個人的に例年とは違う年でした。

今年初めてお会いした人々との忘年会に誘われました(まだこれからの忘年会もありますが)。

よくよく思い返してみると、今年は色々な人と会ったなーと思いました。

いろいろ新しいことも始め、それに伴ってそこでの人間関係が築かれていくのは楽しいです。

やっぱり、行動を起こすといろいろ変わっていくもんだなと思いました。裏を返せば、意識して行動しないと、変わるものもかわらず停滞したままになってしまうのだなと思っている2017の暮れ。


先日はNCC総合英語学院で勉強している人たちと忘年会をしました。

このNCC総合英語学院も今年4月ぐらいから通い始めました。普段授業へ出ているだけではあまりわからないですが、いろいろ話を聞いてみると、みなさん結構すごい経歴をもっていたり、意識が高い方ばかり。世界が違う。。。今更ながら自分はとんでもないところにきてしまったな、と思うことがあります。

忘年会では、あるあるネタで盛りあがりました。
やっぱり、みんなも普段同じことを思っているんだなと思い楽しかったです。



あと残っているのが、音楽関係の絡みでFAF管弦楽団の忘年会。
関わり自体は昨年からですが、今年から団員に。


出会う人出会う人、相手の方はすごい人ばかりなのに、自分はへなちょこで、ちょっと申し訳なかったり、引け目を感じてしまいますが、その気持ちをプラスへ転換して頑張って行こうと思います。



2017年11月6日月曜日

発表会

今日は、自分のヴィオラの先生主催の発表会だった。

大きなコンサートではなく、小さなサロンを借りて行う、身内の発表会だ。

途中何度か参加できないことはありましたが、毎回参加していると、演者の顔ぶれも見慣れた人が増えてくる。

一方で、毎年新しい人も入ってくるので、初心者の人はメリーさんの羊とかからの人もいた。




そんな私は、テレマンのヴィオラ協奏曲ト長調 を演奏した。

1楽章と2楽章だけだけど。

これはヴィオラ弾きの中では割と有名な曲で(多分)、適度な難易度なので割と早い段階で挑戦することが多いとは思うのですが、実は10年ヴィオラをやっていてまだちゃんと本番としてはやったことがなかったので、回収しておきたいなと思いこの曲を選曲した。

1楽章はともかくとして、2楽章がなかなか大変。音符が細かい。

やっていることはそんなに難しくはないのですが、ところどころ地味に音が取りにくいところがあるのです。

そういう難所があったり、あるいはいざ本番になると緊張して頭が白くなることが目に見えているので、(小さいコンサートではありますが)本番で頭が白くなっても体が楽譜を覚えてくれているか不安で、数日前とかは、なんども弾き込んでいた。

練習、兼確認作業的な。どれだけ弾いいても不安が消えなかった。

ソロだと、全部バレるので、オケ以上に必死だ。っていうかオケもそれぐらい必死になろう。

最終的には、普段の練習では、ほぼ暗譜するぐらいまで練習したのだが、その難所を含め、普段ならミスしないなんでもないところまでミスをしてしまった。

というか、普段ミスしないところをミスしたせいで、気が少し動転し他の部分まで影響した気がする。

結局ミスはしてしまったが、それでも、「最低でもこれぐらいは練習しなくてはダメ」、「暗譜してさらにその先へ行くにはこれぐらいの練習量」といった目安が再確認できたので、それを次に活かしていきたいと思う。

結構今回は、弾き込んで、本番でも今まで以上にいい仕上がりだと思っていたのだが、それでも本番はミスをする。

やっぱりもっと、しつこく、ねちねち、体に刷り込まないといけないのだろう。

2017年7月21日金曜日

久しぶりの演奏会

いまさらながら、という投稿ではありますが、先日7月8日、FAF管弦楽団の演奏会で演奏してしました。っていうか、宣伝の意味もかねて本番前に、書けよって話しですよね(^^;)






まさかの本番近い時期に夏風邪をひいてしまい、未だに体調が100パーセントではないのですが、とりあえず本番とかはできる程度には回復し、咳も治った状態で演奏会へ望めました。

で、来場者人数は1024人!すごい。。。っていうかここまで集客できるってすごいですよね。



去年の10月、高校のOBオケが終わってから社会人オケを探していました。

前回ショスタコのときもエキストラで誘われましたが、他にもいろいろ見てまわりたかったのと、曲が曲なので、そのときは一旦見送りにしました。

他のオケもいろいろ見学しに行き比較した結果なんとなくいいなーと思い、今回ドボルザークプログラムで試し参加として誘われ参加。

何回か参加し、このオケに入団することになりました。

色々なオケに見学に行きましたが、個人個人が技量が足りていないオケとか引き散らかしているようなオケもある中、このオケはうまい人が多く、オケとしても一つの音にしようとする姿勢が伝わってくるので、弾きやすいです。(もちろんこのオケよりもはるかにうまいアマオケもたくさんありますが、一方でレベルが低いオケもあるということです。)

あと、来てくださる先生方が豪華すぎる!

毎回練習のあとに行きつけの飲み屋があり、飲み会も充実!


今回のドボルザークは、エキストラとしてよくわからない身分で参加しておりましたが、その間もよくして頂き、みなさま人柄もいいです。


っていう感じでステマっぽくなってしまいましたが、こんな感じです。

団員絶賛募集中状態なので、興味ある方は是非♪

2017年3月21日火曜日

一回限りのオケに参加しました

先日のことになりますが、一発オケの演奏会本番に出演してきました。

オルケーストル・ウリープカというオケでした。



昨年、ヴィオラの練習を再開し、以前の記事でも書いた高校オケの記念オケ(『50周年記念演奏会を終えて』)が終わったあと、どこか所属するオケを探そうと思って探している最中に、見つけたオケ。

ネットから応募して参加。

継続的に所属するオケを決めるには、もう少し色々なオケを見学してみたいし、かといってなにか演奏会にも乗りたいし。。。と思っているところへ、ラフマニノフの交響曲2番をやるというところに目が行き、練習日程なども都合がつきそうだったので参加しました。
(このオケ自体の目的はハチャトゥリアンのバイオリン協奏曲をやるのが本来の目的ですが)


ラフマニノフ交響曲2番は大学2年のときに1回やりました。しかしそのときは難しすぎて、若干トラウマになっており、いつかリベンジしたいと思っておりました。

2回目なので、重点的に練習しなければいけない箇所や曲全体の理解も深まっているはずでしたが、それでもなお難しい!

改めてといか、2回目にしてようやく、「ラフマニノフは難しい」というのを理解した気がします。同じ「難しい」でもただただ難しいとしか思っていなかった1回目と比べれば、「難しいということを理解」したので、少しは成長したのかなと。

難しかったですが、全体的に1回目よりは弾けたので、そういう意味ではトラウマは少し克服できたかなと思います。



一発オケとはいいつつも、一応母体のオケ、オーケストラ・ソリーソからのスピンオフ的なオケだったので、大半のメンバーは中心メンバーからの知り合いの人たち。その他自分のように、全くの知り合いなしにネットから応募した人も。

なので、本来であれば一人も知り合いはいないはずでしたが、知り合いの知り合いがいることが判明。
改めて世界は狭いなと思いました。

このオケで全く新しく知り合いになった人もいたりして、この狭い世界、またどこかで会うんだろうなということはそれほど想像に難くない。

そうやってまた仲間が増えました。

そうやって、ふらふらしながら、新しい人間関係を築いていく、その集団に溶け込んでいくのは、楽しいです。

コミュニケーション能力は低いのにね笑)

2016年11月13日日曜日

Violaの一日

今日はほぼ一日、音楽関係の予定をこなした一日でした。

まず、午後から個人レッスンがあったので、午前中から直前の悪足掻きの個人練をするつもりでしたが、起きれず。練習時間はとることはできましたが、大幅削減。

セビシックをやっており、オケの譜面でもあまり出てこないような、新しいボーイングを取り組んでいるのですが、難しい。

ゆっくりのテンポから、しかも「練習の練習」というか、目標の課題に至るまでの事前練習から順を追ってやっているのですが、事前練習すら既に難しい。

結局、ウォーミングアップ程度と感覚の確認程度の練習をしてレッスンへ。




レッスンは30分。今自分は行っているのはボーイングと音階だけ。

いつも先生からは「もう一つなかったっけ?」と聞かれるが、今はこれだけ。よくあるケースでは、それに加えてエチュードもやる人が多いようだが、課題を絞って厳密に取り組むのもそれはそれでいいのではないかとのこと。

しかしいざ始めてみると、ボーイングがやはり難所で30分のうち25分ぐらい使ってしまう。
それでも、やっと、という感じ。

一方で音階はほぼ完成しているので、残り5分程度でチェックのみ。外しがちな音だけいくつかチェック。




レッスン後は、12月にエキストラでのるオケの練習へ。



チャイコフスキー交響曲第5番、今日の練習は2楽章、3楽章。

学生時代に所属していたオケのOBとして参加。練習場所やいろんな用語が懐かしい。

チャイコフスキー5番も学生時代に一度やったことがあるが、技術力があがった今みるとまた違った風景が見えてくる。




日々の進歩は微々たるものなので、停滞しているような気もしてしまうが、ふと振り返ると、実は成長しているなと感じて、安心し、自信がつき、そしてさらなる邁進にモチベーションがあがる。


2016年11月2日水曜日

50周年記念演奏会を終えて

つい先日10月30日に、高校の管弦楽団の50周年記念演奏会が終わりました。

なんと来場は家族や招待客などなど含めてではありますが1000人を超えたとのことです。

で、当日ホールにいた方々の中には、観客側にも演奏者側にもいたようです。

演奏者側でいえば、プロオケで活躍していらしたもしくは現在も活躍中の方が乗っておられました。(個人名は伏せます)

一方で観客側には、僕も又聞きではあるのですが、校歌の作詞をされた方ですとか、富士高校の前身である、第五高等女学校の卒業生の方などもいらしていたそうです。

特に校歌では泣いている方もいらしたとか。

そんな素晴らしい演奏会に演者として参加できたのは非常に光栄です。

もっといろいろな方の感想などは僕のFacebookからいろいろ探索したほうが、いろんなものが出てくると思います。


レセプション後の全体写真



もう二日経ち、今日は仕事もいったり日常が戻りつつありますが、熱が冷めないうちに、感じたことを書いておこうと思います。


苦手意識

まずは割と軽めの話題から。
僕は大学の時にデュカスの『魔法使いの弟子』をやって以来、8分の6拍子とかで、三つ区切りの音型が続いてところどころボーイングがアップアップが入るパターンが苦手でした。
そのアップアップ自体は割と良くある音型・ボーイングだと思いますが、早いテンポで一連のパッセージのなかで出てくるのがすごい苦手。

ボーイングそのものもそうですが、パッセージ全体としてみたときに、アップアップがどこにくるのかという、法則性のようなものが未だにわかりません。
ボーイングの都合上(どこかをダウンで弾きたいのでとか)少なくともどこかでアップアップを入れる必要があるだろうというのはなんとなくわかるのですが、じゃどこに入れるの?といったことが感覚的にわからない。

だから、いつも最終的に決まったボーイングを腕に刷り込んで対処しているという次第。
本当はあまり理解しないまま、行き当たりばったりで覚えるのはあまりよろしくはないのだとは思いますが。

幻想交響曲も5楽章がまさにそういうパッセージだらけ。

今回この幻想をやったからといってすぐに解決するわけではありませんが、しっかりさらって、本番では意識せず体が反応して演奏そのものに集中できたので、少し自信がつきました。

いつか絶対『魔法使いの弟子』はリベンジしたい。

ゲネプロ

意識した言葉

今回は節目の演奏会ということもあり、また数年ぶり楽器を再開して一回目の演奏会、むしろこの演奏会のために楽器を再開したという逆転の動機も半分ぐらいあり、思い入れがありました。
久しぶりに楽器を始めるにあたり、テクニカルな部分を思い出すのももちろんですが、心構え的なことも、思い出しながら日々練習してきました。

特に日々頭の中を駆け巡っていたのは、『心は熱く、頭は冷静に』『ゆっくりで弾けないものは速く弾けない、ゆっくり弾ければ速く弾ける。。。かもしれない』『速く正確に弾く訓練(音程もリズムも)』『暗譜してないのは弾けたうちに入らない』『本番で楽しむために苦しむ』

もうなんだかんだ楽器を初めて10年近くなり、本番も何度も経験し、音楽的なこと以外でも成長はしているので、頭は冷静にという部分は、自分なりにコントロールできていたのかなという気がします。

それがベースにあり、難しいパッセージも闇雲に練習するのではなく、テンポが速くなった場合でも対応できる現実的なフィンガリングを考えたりとか、なぜこのパッセージは難しいのかを分析してそれをどう対処すればいいか考えたり、スコアを読んでアンサンブルを理解したり、時にはひたすらメトロノームで少しずつテンポをあげていくといったような地味な練習もこなしたりしました。

本番で楽しむためには地味なことも必要。楽なことだけやっていても上達はしない。

すべてがすべて完全にできたわけでは、ないけれど前進はしているな、したなという実感があります。
魔笛のゲネプロ。自分はおり番で待機中。


自分のアイデンティティ

もともとはそんなに深く考えて、この演奏会へ参加表明したわけではありませんでした。
2年ブランクが開いていたので、これ以上ブランクが開くとさすがにやばいかな、そろそろ再開しようかなと思っていたところに、たまたま今回の演奏会の参加募集を見つけたので、景気付けにと思って参加表明しました。

本番に向けて半年ほど練習を重ねていく中、その期間音楽以外のことでもいろいろありました。

8月には29歳の誕生日を迎え、30歳まであと一年ということになってしまい、普段とは少し気持ちが違う誕生日を迎えました。
もうすぐ、20代の10年が終わってしまう、このままでいいのだろうか。そもそもこの10年何をしてきたのだろうか、そもそも「私」は何者なのか。
30歳まで一年を切った焦りも少しあり転職活動なども始めたことなどもきっかけで、考えるようになりました。
そんなことを考える過程で、必然的に音楽(ビオラ)は私にとってどういう位置付けなのかといったことにも考えが及びました。

もっと本番が近づいてくると、演奏会の告知などもし始めます。というより僕が楽器を始めたことも含め報告をすることもありましたし、ここ数年で出会った人については楽器をやっていること自体知らない人もいるので、そういうこともお知らせしました。

特に、僕がビオラを弾くことを知らない人に告知する際は、「なんの楽器をやっているのか」と聞かれます。そのときにビオラをやってますとお伝えするわけです。
そのとき、「ビオラ」以外の楽器を伝えることのイメージが湧かないのです。(バイオリンやチェロを弾けるわけではないので当たり前ですがそういう浅い話ではないような気がします)

ふとそう感じたときに、10年間ビオラとしての役割を果たしたりや立ち回りをしてきたので、そういう精神的な部分まで、ビオラという存在が根付いているのかなと思いました。

そして、改めてビオラをこれからも続けていきたい、またコミュニケーションが苦手な自分としては、第二、第三のコミュニケーションツールなんだからこれを手放さないようにしようと思いました。


自分の力

今までは演奏者側の表側の話。

今回、裏方の方も大変でした。

常設のオケではないので、このために集まった人たちの中で、そのなかで随時役割を分担し、担当外の人でもフォローしあい、係についていない人でも、意見を表明するという形で協力していました。

そのメンバーでこんなにも大きなイベントを行いました。

中心で活動していた人たちは本当大変だろうと思いました。ありがとうございます。

そして自分は何をできただろうかと思う。

仕事なんて探せばいくらでもあったと思う、探そうとしただろうか。

失敗を恐れて動き出そうとしなかったか?そもそも自分は、何で貢献できただろうか。自分の能力はあるのだろうか。

裏方の仕事など、目立ちはしないけど重要な仕事に関する部分では、自分はあまり成長していなかったのかなと、情けなく思ってくる。

裏方作業の方でも、もっと貢献して、運営を回していけるようになる、そういうのが生きるためのスキルなんだろうか。

そういう意味で、周りの人に助けられてばかり。周りの人に喜んでもらえるように、「与えられる人間」になりたいなと思いました。


レセプションは都庁の展望台貸切


こんなに大人数が一同に会する演奏会。
50年の歴史のうち、一桁の代の方々のご挨拶


2016年9月22日木曜日

オーケストラの合宿

先日の連休のことになりますが、10月末に本番を控えるオケの合宿に行ってきました。とはいっても一泊ですが。

高校のオーケストラ部が50周年を迎えるので、その記念として今回限りのオーケストラです。

50周年という節目のタイミングで、自分も楽器の練習の再開を決断し、このオケに乗れたのは感慨深いです。

普段よりもがっつり練習できました。



夜はお決まりの(?)宴会。お酒の量がやばいです。写真には写っていませんが、右手前にはさらにビールサーバーがあります。
一応、宴会係の方がお酒の用意はしてくれてはいたのですが、それ以外に各々が差し入れをもってきた結果です。すごいな。下手なお店よりバリエーションがあるのでは。

夜はお決まりの(?)宴会。お酒の量がやばい。


これは通し二日目の通し練習の前の風景。


今年始めに楽器の練習を再開して、それでこんな大曲に乗ることになり大丈夫かなとは思いましたが、あんまり大丈夫ではなかったですが、それでも想像していたよりは弾けてます。

当たり前かもしれないけど、オケの練習などを始める前に、きちんと基礎練をしっかりやり直したからかな。

それと、多分、過去いろいろな先生方から言われてきたことを今になって噛み締めながら、練習しているからだとも思う。

特に「ゆっくり弾けないものは早く弾けない」という名言?と、「速く正確に弾けるようにする」という二つ。

急がば回れではないけれど、変に焦って無意味な練習をしなくなったことは大きいと思う。
練習した分だけ先へ進んでいる実感がある。

二年ブランクはあいたわけだけど、練習し感覚を取り戻しながら、今まで積み上げてきたものは、(良くも悪くも?)体に染み込んでいるなというのを感じながら充実感を感じております。



それに、50周年を機にオケに乗ることになり、本当にいろいろな人と関わることになったのですが、そうすると、自然にその他のお誘いなども受けるようになり、情報が寄ってくるようになりました。


「自分から情報を取りにいく」というのも重要だけど、いっそのこと「自分が属していたい業界に身ごと飛び込む」というか、コミュニティに入ってしまうのは割りと重要かなと実感もしたりしました。

直接そのコミュニティの人といろいろ会話をすれば、縁という形で情報がきて、それが次の縁に結びつくからね。


なんかいろいろ他にも書きたいことはあったはずだけど、10月30日の本番後にも同じようなことをまた書くと思うので、今回はとりあえずこれぐらいで。


で、しっかり最後には宣伝もしておきます。




2016年9月5日月曜日

数年ぶりのレッスン

先日のことにはなってしまいますが、ビオラのレッスンを再開しました。

今年に入り、ビオラの練習をまた始め、高校のOBオケとか大学オケのエキストラとかの予定を入れ、交響曲の譜面をさらっているのですが、やっぱり基礎力ももっと鍛えたいなーと欲張りだし、レッスンを再開しました。

札幌へ行く前までレッスンを受けていたときと同じ先生の元へ。

どこまで進んでいたのかわかってもらってるし、自分のレベルもだいたいわかってもらっているのでね。

しばらくは基礎力を徹底的に鍛えたいので、音階とボーイングをやることにしました。

ボーイングはセブシックをやります。

セブシック、いろんなパターンのボーイングが紹介されてて、7年やっているのにページ数でいったらあんまり進んでない。ありすぎだろ。。。

で今はスタッカート系の音型をやっています。次回の音型がこれ。163番。





八分でならまずまずいけるんだけど、三連符になった瞬間うまく音を区切れない。。。
この音型苦手。。。
まあオーケストラの譜面ではあまりでない音型だけど、網羅しておきたいのできちんとやろう。


音階の方は2オクターブの音階。二周目。

過去に全部の調性を一通りやってはいましたが、中には難しいやつもあり、心配なやつがあったので、簡単なやつは飛ばして、シャープとかフラットがたくさんあったりして難しいやつだけを復習。

今回はCis mollをやりました。

一回目にやったときは、ただの音階とはいえ、音を追うのに一杯一杯でしたが、二回目ともなると、ある程度体に染み込んでいるからか、余裕をもって冷静に弾けるようになっていました。

正しい音の場所に指が自然と反応するというか、多少ずれたとしても正しい音程に修正できたり、全体的な精度が格段に増しておりました。


基礎練をしっかりやると、実際オーケストラのあの難しい譜面でも少し弾けるようになっていて、着実に前進している感じがするので、地味だけど意外に好きです。

修行している感じというか、なんというか。

2016年5月5日木曜日

思い出の曲

LFJ最終日にも行ってきました。

今日は室内楽二つとオーケストラを聴きました。

シェーンベルクの弦楽六重奏がすごい良かったです。

なんか和音がまたちょっと独特な感じで、面白かったです。

でViolaの音がいい味を出していて個人的はそれだけでもう満足でした笑)



あと、シューベルトのピアノ五重奏曲『ます』。

これは、アルデオ弦楽四重奏団の演奏です。今回度々登場している、ヤン・ミサさんがいるカルテット。

ちょっとまたヤンさんが出てくるのを期待していましたが、編成が少し違うようででていませんでした。

それでも素晴らしい演奏でした!




で、最後に聴いたのは、シューマンの『春』。

これは思い入れのある曲です。

高校で自分が執行学年のときに演奏し、さらに大学のとき自分がトップで演奏しました。

そんな曲を一番前の席の真ん中あたりで、贅沢に聞けました。

自分でも弾いたことがあるから、曲の構造がわかっているから、より楽しめました。

でもなんど聴いても難しそう。

フェルマータがたくさんあったり、テンポが緩んだり、速くなったりが結構あるので、合わせるのが大変。

一番前で細かいところまで、見ちゃうと、微妙にタイミングあってないんじゃないかと思うところがちょこちょこありました。

やっぱり難しいよ。

一楽章の序奏明けのAllegro VivaceのViolinですが、全員が弾けるとあんな感じになるんですね。すごい。。。

思い入れのある曲をプロの演奏で、しかも間近で、聴けて満足でした。


2016年5月4日水曜日

立夏の季節

明日、5月5日は立夏らしいです。

さっきニュースでやってました。

この時期は春と夏の両方の 顔があるとのこと。

気温はそれほど高くないけど、日差しは強い。これだけきくと過ごしやすいイメージだし、実際過ごしやすいと思うんですがどうでしょう。

幸いにも、雨は夜の間に降ってくれて、晴れのなかLFJの二日目に行ってきました。

体力ないな。。。もう若干疲れてる。。。




今日は全部で5公演聞いてきました。

室内楽 系と現代曲っぽいのを中心に聴きました。

もともとチケットを予約したときは、奇抜で斬新な演奏をイメージしていたのですが、演奏のスタイル自体は、普通のクラシックの形式を自然に踏襲しておりました。




好きだった演奏は、午前中のヴィヴァルディのバイオリンコンチェルトとか、夕方の「四季」のリコンポーズとか。

昨日のヤン・ミサさんの演奏もそうだけど、アンサンブルできている、というよりもっと踏み込んで演奏中に積極的にコミュニケーションしているって感じの演奏が好きなのかもしれない。

言語とは別のチャネルでコミュニケーションをしているっていう感じが堪らない。

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン(LFJ2016)へ行ってきました。

今日は待ちに待ったラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャパンへ行ってきました。

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン

LFJ2016(Facebookページ)


去年は、当日に行ってしまったためチケットも思うように購入できず十分に楽しむことができませんでしたが、今年は1ヶ月ほど前から準備して参戦?しました!


個人的には室内楽や前衛的な曲(現代曲とか)を聴くことを一応目的にしています。

今日一番始めに聴いたのは、ハイドンのカルテット。

ファーストバイオリンをヤン・ミサさんが弾いておりました。

去年バイオリンコンチェルトを弾いていて、かなり感動したので是非また聴きたいなと思ってました。

やっぱり素晴らしいです!!適切な表現かわかりませんが迫力があるというか。期待を裏切らないですね!


でそのあと、グラスという作曲家のバイオリン協奏曲第2番「アメリカの四季」を聴きました。
初めて聴く曲でした。かなり現代の曲。なんか和音も現代曲っぽい感じでした。



しばらく時間は空いて夜、渋さ知らズオーケストラを聴きに行きました。

ちょっとイメージとは違いましたが、斬新。

かなりいろんな要素が混じった公演でした。

まず、楽器だけでも、バイオリンやトロンボーン、チューバ、ピアノあたりまではいいとして、ドラム、ギター、歌などなどがあり、それに加え仮装をしたダンスが入ってきて、、、とまあつまりカオスでした笑)

しかも予定では45分の公演のはずなのに、始まる前のアナウンスで90分に延長になりましたとか、やり放題?な状態笑)
こういう適当?なの好きです。

でも残念ながら、自分は次の公演もチケット買ってしまっていたので、途中退出。


最後は、ヴィクトロアの「青龍」とグリーグのピアノ協奏曲を聴きに行きました。

ヴィクトロアもかなり現代の作曲家。グリッザンドとか多用してて、少し古典的な曲とは違う雰囲気でした。チェロがネックを叩いて演奏していたのが、現代曲っぽいなと思いました。



さすがに朝から晩までいると疲れた。

明日はもっとたくさん公演を聴く予定だけど大丈夫かしら。。。汗)

2016年2月17日水曜日

Violaの練習再開!

最近Violaの練習をまた始めました。

年末年始をかけ、楽器ケースの購入、楽器の修理を行い、そして約2年ぶりに楽器を弾きました。

ちなみに、購入したViolaケースはこれ!


Langのケースです。
安くはない買い物なので、YAMAHAなどの楽器店を始め、ネットで検索したり、小さい楽器店などいろいろ巡って検討しましたが、最終的にはYAMAHAで購入。

普通のマンションに住んでいるので、周囲の家への迷惑を心配してなかなか弾くのを躊躇しておりましたが、平日の昼間を選んで弾けば意外に問題なさそうなことが判明しました。

いざ弾いてみると、意外に弾けるのか弾けないのか。。。
でも音程は確実に取れなくなっていました。

でも、まあ音程が悪いということは、まだ判断できました。

以前、がっつり練習していたときの教材も出してみましたが、今みると「よくこんな難しいことやってたな」という印象。とりあえず目標は以前の状態に戻すことかな。

でもって、Bowingや音階などの基礎練もしつつ、試しに今日はこれをさらってみました。

ダッタン人の踊り。特に練習番号Cの部分。



札幌にいたころにオケのクリスマスコンサートで弾いた曲でしたが、うまいフィンガリンがつけられず、早いところが満足に弾けず。
今、改めて冷静にさらってみたらどんなもんかと。

やっぱり難しい。
でも、今更ながら、このテンポで正確に弾こうと思ったら、このフィンガリングしかないだろうというものは、思いついたので、そういう意味では、時間が空いたことは一概に無駄ではなかったと思うことにする。





2015年5月2日土曜日

クラシック音楽とお祭り

今日は、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンに行ってきました。

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンFacebookページ

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン公式HP


もう十年以上になるらしいですが、初めて行きました。


いつも行こう行こうと思うのですが、予算が十分にないせいで尻込みをしたり、仕事だったりで行けなかったのですが、今年は予算も時間もあったので、行ってきました。




とはいえ、散髪やその他所用を澄ませてから行ったので、15時頃開場到着。


チケットも事前購入していなかったので、割と売りきれておりました。

そんな状態でも、十分雰囲気を楽しめました。

本当にいわゆるお祭り、縁日っていう感じ。

縁日とクラシックコンサートがコラボしているというか。

露店も出ていて、当然お酒も出ていたし、大きな広場では、時間ごとに無料の公演が開催されておりました。(それとは別に各ホールで開催されるもっと落ち着いた感じの有料公演もあります)

東京国際フォーラムの中だけでも至る所でコンサートが開かれているのですが、周辺のビルなどでも、ロビコンが行われているようです。

文字通り丸の内界隈全体が、クラシック祭り状態。

こういう街全体が祭りになるのは好きです。


有料のコンサートを二つ観ました。

一つはシューベルトの『死と乙女』(弦楽合奏版)

生で聴くのは初めてでした。

4楽章、かっこいい!これをスマートに弾きこなせればかっこいいですよね!!そうなりたい。。。





もうひとつはリストの『十字架への道』

あまり有名ではない?(少なくとも自分は初めて聞きました)曲かと思いますが、いわゆる宗教音楽で、ピアノと合唱でした。

静かな曲でしたが、抒情的で心に染みました。

せっかくいろいろな曲が聴けるので、なるべく普段聴かない曲を聴いた方がいいよね!!




まだ初日の段階でこんなこと言うのもあれですが、来年はしっかり休みを取って、公演情報も調べ、事前のチケット購入もして楽しみ尽くそう。

2014年3月24日月曜日

『春』

すっかり春の陽気であるが、これを書かずに春は迎えられない。

自分は縁があり、シューマンの交響曲1番「春」を既に2度演奏する機会に恵まれた。


一度は高校のときで、二度目は大学のときだ。

情景的な曲で、好きな曲だ。



ウィキペディアより。






特に一楽章の前半と、四楽章が好きだ。

一楽章は、序奏から提示部までで、冬から春の訪れまでを表現している。

激しいブリザードからはじまり、ブリザードがおさまったあとは、すこし穏やかな冬を時間が流れる。そしてそこから徐々に雪解けがはじまり、植物や生き物たちも目覚めだし、春のお訪れという一点に向かって、無限に収束していく。そして、提示部で春の喜びが存分に表現される。


自分はこの曲は真冬に聴くのが好きだ。

「今は寒さで厳しいけど、この寒さもいづれ収まる。もう少しすれば、徐々に暖かくなり、そこまでくれば一気に春の陽気だよ。もうすこしの辛抱だから頑張ろう!」

そういう風に思わせてくれ勇気がもらえるからだ。



四楽章は、最後が力強く期待感あふれる終わり方なので、個人的には春が終わったあとの夏へ向けた期待感のようなものが表現されているのではないかと思っている。

これはこれで好きだ。春というと日本ではなにかと環境が変わる時期。不慣れだった環境にもなれてきて、解放感あふれる夏になると、一皮むけるチャンスがあるのではないか。自分はそのような夏のイメージをもっているから、この曲がそういう風に聞こえるのだと思う。





ちなみに初演のときは、各楽章にタイトルがついていたそうだ。

一楽章:春のはじまり
二楽章:夕べ
三楽章:楽しい遊び
四楽章:たけなわの春

三楽章は楽しい遊びというタイトルだが、自分はどちらかというと危険な遊びというイメージをしてしまう。

スケルツォの部分からなのだが、この部分が、ナイフをもって追いかけっこをしている。しかもそれが塀の上で。

どこで下に降りるのかはわからないけど、最後は追いかける側がナイフを突きたてようとした寸前のところで、追いかけられる側は塀の下に空いた小さな穴に滑り込み、ナイフが刺さるのをかわすというイメージだ。

こんなイメージではとても楽しい遊びとは言えない。

1楽章



2楽章



3楽章




4楽章


2014年2月15日土曜日

冬の日の幻想

先週に引き続き、今週末もまた雪だ。今年は雪が多いような気がする。

東京でこの景色をみるのは新鮮だ。札幌にいた頃を思い出す。


チャイコフスキー交響曲第一番「冬の日の幻想」という曲がある。

自分は縁があり2回演奏をしたことがあるが、タイトルの「冬の日の幻想」と実際に演奏してみた曲想がうまく結びつかずにいた。


二年間札幌で暮らしていたが、北国で生活をしてみると、あのような曲想が少しは理解できたような気がした。そんなことを、新千歳空港から札幌へ向かう列車で景色の眺めなら考えたりしたこともある。


まず、共感できるのが一楽章。

ところどころ、フォルテッシモで同じ音形をしつこく繰り返す部分がある。

札幌で生活をしていると、冬には一週間ずっと吹雪で、どんより雲が覆っていて太陽がいっこうに見えないということもあった。

それに耐えていると、まだ続くのかという思いにもなってくる。少しうんざりし、精神的に参りそうになっても耐え続けるという過程を経ると、あのしつこいフレーズもなんとなく共感できてくる。



二楽章の冒頭では、冷たい空気感やつんと張った空気感、広大な大地が表現されている。

いづれもなんとなくイメージはできていたが、いまいち実感としては理解できていなかった。

これも、広大な大地以外は、実感として理解ができた。



四楽章の後半では、和音が重ねられ、弦楽器は細かく刻んでいる。

自分としては、実際の演奏とは別に、楽譜が白い音符でずっと書かれていることもあり、雪の白さや、寒さで頭が真っ白になりぼうっとしている状態をイメージしていた。

実際に生活をしてみると、吹雪で視界がはっきりせず、幻をみているようなイメージもしっくりきた。


こういう風に改めてイメージしてみると、「冬の日の幻想」というタイトルも理解できてくる。