2019年1月4日金曜日

完璧主義をやめて前に進む

新年も三日目となり遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

ここ最近はあまり自分の近況らしいことは全く書いてなかったので、新年を機に今年の抱負などを書いてみようと思う。すでに三日ではあるけれど。

英語

NCCに通い始めて、延長もしたので早一年半。

自分は自己評価や自己肯定感が極端に低い。

だから客観的な指標をもとに判断していくことが多い。

自分が所属しているクラスのレベルとかから考えると、決して低いレベルにいるわけではなさそう。

日々の勉強は地味でしんどいことばかりだけど、進捗は感じられるので、もうそろそろもう少し具体的な結果を出して行きたい。TOEFLとか英検とか。

英検準一級がこの前惜しくも落ちてしまったので、再度気合いいれてやり直せば受かるかも。

数学

最近、数学の勉強を再開。

いまさらながらわかるようなことがあったりして楽しい。

数学で食っていくこと自体は諦めたけど、数学をやること自体は抽象世界を論理の力で探検しているようで楽しいと思える今日この頃。

学生時代到達できなかったようなこととかも理解できるようになりたい。

数学を研究することは無理でも、純粋数学の嗜みがあることを強みにできるぐらいにはしたい。

kaggleに挑戦

kaggleがしばらくご無沙汰なので、早く再合流する。

読書

結構今までは、分厚い本ばかり手を出していて、しかも図書館で借りることが多いので、返却までの数週間で読みきれないと思われるものは借りることを躊躇していた。

それはあまりよろしくないと思い、新書などサクッと読める本をどんどん読んでいくことにした。

あと、内容がヘビーな本で、数週間で全部読みきれなくても、あまり気にしないことにした。最初からある程度まで読めればOKという前提でいれば、随分気が楽になる気がする。

それは、以下の完璧主義をやめることにもつながっている。。

完璧主義をやめる

そして、なによりもこれ。

もしかしたら随分前にも書いたかもしれないけど、完璧主義なせいでなかなかアウトプットがなかなかできない。

結局、多少未完成でもいいからアウトプットすればフィードバックが得られるかもしれないのに、その機会すら逃していて損をしているかもしれないと、昨年後半ぐらいから気づき始めた。

完璧じゃなくても構わないので、とりあえず手を動かしてみる。アウトプットしてみる。

手を動かしながら考えてみる。

とりあえず動いていれば、なにかしら見てくれる人がいるだろうから。何もしないと誰にも気づかれないまま。

ということで、ブログもあまりいい記事がかけないかもしれないけど、頑張って更新していく。

2018年12月23日日曜日

『図解・ベイズ統計「超」入門』



漠然と「確率・統計」とはいっても幅広く、回帰とか検定とか多変量解析とかいろいろあるんだろうが、そっち方面がいまだにいまいちわからず、しかも最近流行りのベイズもわからずということで、開き直っていっそのこといきなりベイズやってみようということで読み始めた本です。


正直この手の入門書はあまり信用していなかったのだけど、あなどれなかったです。。。

僕が参考になったのは、

  • ベイズの定理の使い方
  • 改めて言われてみると、ベイズの定理の使い方もパターンが限られているよな、と再認識。型にはめるため、それに向けていろいろ計算していく。
  • 理由不十分の原則
  • 高校受験の参考書とかで、このキーワードを表に出さず、さらっと「箱を選ぶ確率が等確率」とか前提にされていたことがあるけど、やっぱりそうだよね。
  • ベイズ更新
  • これも計算イメージが湧く。
のあたりです。

全体的に数式らしきものは少ないけど、計算の手順含めて書いてあるので、定理の運用がイメージがつきやすいと思いました。

2018年12月22日土曜日

『モラルの起源 --- 実験社会学からの問い---』





自分が興味あるキーワードの一つが「起源」なので、手にとってみた。

自分の読解力が足らないのか、タイトルと内容が若干ずれがあるようにも感じたが、それでも内容は面白かった。

この本の冒頭にも書かれているように、昨今の文系学問軽視の風潮に異議を唱え、実験社会学という立場から、文系学問も

これらの作業を通じて、人文社会系の学問が私たちの生きている現代社会の要請に対して実際に「役に立つ」こと、個々の問題に対してマニュアル的な「答え」を与えるのではなく、より原理的レベルでの「解」を与える可能性をもっている


ことを少しでも示そうということが、上梓された目的だそうだ。


で内容は、「適応」という視点を軸に

  • 集団行動の仕方の分析(他の生物との比較など)
  • 協力行動の分析
  • 共感
  • (有限資源の)分配問題

が語られており、様々な研究者の実験の引用をしながら論が進んでいく。

個人的には、いろんな実験が紹介されていて面白かった。もちろん、巻末には参考文献も紹介されている。

また時間があるときに、再読してみよう。

2018年12月15日土曜日

『対人距離がわからない -- どうしてあの人はうまくいくのか--』




人間の性格の傾向を、いくつかのパターンに分けた上で、演技性傾向がある人や、反社会性傾向がある人などにヒントを求めて、幸福感を得るためにはどうすればいいかを考察している本。

人格の傾向について、小説の登場人物や実在した人物などを引き合いに出して具体的に説明していたのはわかりやすかった。

ただ、個人的には少し物足りない本だったかなと。ただの事例紹介とそれプラス少し表面的な考察で終わってしまっていた感じがするので、もう一歩踏み込んでほしかった気もする。

2018年12月6日木曜日

『佐藤勝の集中講義 民族問題』



世界史や日本史で「〜民族」などがよく出てきますが、正直定義がわからなかったので、というより、そもそも定義があるのかどうかすらあまり理解していなかったので読んでみました。

特に佐藤優さんが著者ということもあり、信頼できる本だと思ったのも理由の一つです。



以下、僕の読解が間違ってなければ、という前提での感想になります。



結局「民族」とは何かについて、実は明確な定義というのがないんだということでそれはそれで腑に落ちました。
有力な理論があることはあるけど、定義があるわけではないとのこと。



「民族」に関する考察で、主にスターリンやベネディクト・アンダーソン、アーネスト・ゲルナーの理論を紹介し、具体例としてウクライナ問題や沖縄問題について適用しています。



佐藤優さんの本を以前にも読んだことありますが(なにか忘れたけど)、抽象論と具体例が結び付いていて、抽象論というのは具体例と共にあるんだなということを感じさせてくれるので、そういう意味でも頭でっかちになってはいけないなと、勉強になります。


2018年11月23日金曜日

『死刑 その哲学的考察』


「死刑」というより「哲学的考察」に興味があり読んでみました。

つまり、哲学的考察を現実の問題への適用の仕方をみてみたかったからです


他の本と比較したわけではないですが、この本は好印象を持ちました。

この本の主張としては最終的に「死刑廃止論」という結論になるのですが、冒頭にもしつこく書かれているように、結論ありきの議論ではありませんでした。

哲学的、論理的な考察から死刑廃止論を導きだしています。

こういう哲学的考察は好きなんですけどねー。

哲学科の学生みたいに、ひたすら翻訳とか哲学者の背景を知るために文献を漁るみたいなのは、僕は苦手なのです。

哲学科でいつか学んでみたい、と思う一方そういう作業ばかりになるのは嫌だなぁーと思ったり。



この本の考察ではまず、文化相対主義と普遍主義の特徴について触れています。

「人は人、自分は自分」というような相対主義に立つことは議論を放棄することになるとのこと。
ことあと、結論が死刑を肯定することになるにしろ、否定することになるにしろ、そのロジックは普遍主義の立場で組み立てられなければいけないと書かれています。
相対主義に立っていると、「人は人、自分は自分」なので、外国で日本人が外国政府の法律に基づいて死刑を執行されたとしても、「外国は外国」なので、日本が意義を申し立てることもできなくなってしまって泣き寝入りするしかありません。

それは踏まえて死刑について考察していきます。
死刑というのは、「死ぬことによってしかつぐなえない罪がある」という道徳命題が真であるという前提のもとで成り立っているので、逆にいえばそれは「死ぬつもりであればなにをしてもいいのか」というような反対論を引き起こしてしまうとのこと。

実際の事件の例として「死刑になりたかったから人を殺した」みたいな最近増えているような事例をあげています。

そういうような「死刑になりたかったから」みたいなことをいう人間には生きて償う「終身刑」の方が刑罰として意味があるかもしれないとのこと。

そうなったとき、死刑を極刑とするのか、終身刑を極刑とするのか、両方を極刑にすることはできないので(理由は書籍本文をみてください)、どちらにすればいいのか。

どちらが道徳的なのか、なにが道徳的なのかという道徳的議論まで一旦遡ります。


その後、道徳的議論では「決定ができないということが哲学的、論理的に」示されます。

それを踏まえて、道徳的議論から政治哲学的議論へ移ります。

ここでは、冤罪の可能性について触れられます。

考察の結果、「冤罪とは(単なるヒューマンエラーではなく)公権力に構造的に内在されているもの」なので、冤罪が存在する以上、不可逆な刑罰である死刑は廃止すべきである、という結論に至っています。(死刑執行された人は生き返らない、生かしていれば万が一冤罪が判明した場合でも取り返しがつく。)


こういう哲学的考察ができるようになりたい。

僕もこの本を読むまでは、はっきりとした意見をもっていたわけではありませんが、どちらかというと「死刑廃止論」でした。どちらかというと、ですけど。

その根拠としては、可逆でない方法で刑罰を執行するのは、万が一のこと考えて取り返しがつかなくなるとまずいんじゃないんですかね?という、感覚だったからです。

この本のように主張されると、それはそれで納得。

考え方が偏らないように、反対の立場の本もいづれ読んでみたいと思います。

2018年11月9日金曜日

分断されている世界

昨日のこと。

いろいろと複雑な事情から、日雇いのアルバイトをした。

倉庫での検品作業。

ここ最近はいろいろ底辺すぎて、とりあえず少しでもいいのでお金が必要だったのだ。


時給1000円という低賃金。東京だと低い方だと思う。

わりとオフィス街近くの駅から倉庫まで無料送迎バスがあり、それで港湾エリアの倉庫へ向かう。

朝、オフィスビルへ出社していくいかにも大企業のサラリーマン達を横目に、無料送迎バスの到着を待つ。

ビルへ吸い込まれていく人たちはみなスーツで革靴だが、自分は軽作業なのでスニーカー。

バスが出発しオフィスエリアから人が少ない港へ進んでいくと、まるで奴隷になって世間から隔離されたような気がした。

港へ向かうので、視界はだんだんひらけてくる。その開けた視界から遠くに高層ビル群がみえる。

倉庫の作業だって、誰かがやらなければならない必要な仕事ではあるのだろうが、その光景をみていると、世界が分断されているような気がした。

まるで、カイジのような世界だなと思った。



ひたすら惨めな世界。それに誇りを持って仕事をしている人には申し訳ないけど。