2014年3月29日土曜日

表参道でお茶をしました。

今日は友人とお茶をしてきました!


気になっているお店が表参道にあるとのことで、一人では行きにくいので一緒に来てほしいとのことで誘われたので、行ってきました。






土曜日で、しかも学生は春休みということもあってか、表参道は混んでいる。。。


yokumokuというお店に行く予定だったのですが、こちらも混んでいて30分待ちとのことだったので、諦めて別の場所でお茶をして過ごしました。


それにしても、表参道のカフェというのは敷居が高い。。。


外から眺めた感じでも気軽に入れる雰囲気でもないし、そのうえ実際に入店してみてお客さんの層を見てみてもそれなりに裕福な人が利用している様子。


カフェに限らないですが、席を待っているお客さんとかに、「え、お前がこの店入るの?」的な視線が、苦手です。。。




かわりに入ったカフェが椿屋カフェ




こちらで、自分はモンブランを食べました。


おいしかったー!



今度誰か、yokumokuとか行く機会ある人は誘ってください。



途中でこんな一枚も撮れました。




普段、一人ではまず行かない表参道を散歩できて、少し優雅な気持になれた一日でした。

2014年3月26日水曜日

コミュニケーション能力



自分は基礎的なプログラミング程度はできるが、どちらかというとプログラミングはできない方に属する。


そんな自分であるが、この記事を読んで感じたことや最近思ったことを書こうと思う。


多分記事の内容とはすこしズレるかもしれないが。



よく、例えとして「コンピュータと戯れる」といったりもするが、あながち的外れでもない表現だなと思う。「戯れる」だと堅いのであれば、「イチャつく」とか「触れ合う」、とか「仲良くする」でもいいかもしれない。



プログラミングの習得するには、よく言われるようにとにかく自分で打ってみることが重要だ。


そして、何度も失敗し学んでいく。そして、コンピュータとコミュニケーションがとれるようになっていく。



プログラミングの場合には対象がコンピュータというだけであり、やっていることは人間相手の場合と似ていると思う。



一昔前は、記事にも書いてあるように、プログラミングは一部のコンピュータオタクがすることであって、10代や20代の若者が学ぶこととは思われていなかった。いわゆるリア充と言われるような人達がやることではなかった。



いわゆるコミュニケーション能力が高い人というのは人間同士のやりとりをする場合のコミュニケーション能力を身に付けた人達である。


やはり人間同士の間でも、相手を傷つける言葉を発してしまったり、誤解を招く表現をしてしまったりすることがある。



プログラミングでいうところのエラーを何度も経験することで、うまくコミュニケーションする術が身についたのだろう。



コミュニケーション能力のある人達がそのようにして術を身につけたのとどうように、いわゆる一昔前のオタクと呼ばれる人達はその時間をコンピュータとの間でコミュニケーションができるように使ったので、今、エンジニアとして活躍しているのだろう。



人間同士のコミュニケーションやプログラミングの例に限ったことではないが、そのスキルに日が当たるのかどうかはともかくとして、費やした時間に対して扱うスキルがあがるというのは当然のことだと思う。


そんな自分はプログラミングに興味はあるが、とてもプログラミングができると言えるようなレベルではないので、もっと訓練をしようと思う。

2014年3月24日月曜日

『春』

すっかり春の陽気であるが、これを書かずに春は迎えられない。

自分は縁があり、シューマンの交響曲1番「春」を既に2度演奏する機会に恵まれた。


一度は高校のときで、二度目は大学のときだ。

情景的な曲で、好きな曲だ。



ウィキペディアより。






特に一楽章の前半と、四楽章が好きだ。

一楽章は、序奏から提示部までで、冬から春の訪れまでを表現している。

激しいブリザードからはじまり、ブリザードがおさまったあとは、すこし穏やかな冬を時間が流れる。そしてそこから徐々に雪解けがはじまり、植物や生き物たちも目覚めだし、春のお訪れという一点に向かって、無限に収束していく。そして、提示部で春の喜びが存分に表現される。


自分はこの曲は真冬に聴くのが好きだ。

「今は寒さで厳しいけど、この寒さもいづれ収まる。もう少しすれば、徐々に暖かくなり、そこまでくれば一気に春の陽気だよ。もうすこしの辛抱だから頑張ろう!」

そういう風に思わせてくれ勇気がもらえるからだ。



四楽章は、最後が力強く期待感あふれる終わり方なので、個人的には春が終わったあとの夏へ向けた期待感のようなものが表現されているのではないかと思っている。

これはこれで好きだ。春というと日本ではなにかと環境が変わる時期。不慣れだった環境にもなれてきて、解放感あふれる夏になると、一皮むけるチャンスがあるのではないか。自分はそのような夏のイメージをもっているから、この曲がそういう風に聞こえるのだと思う。





ちなみに初演のときは、各楽章にタイトルがついていたそうだ。

一楽章:春のはじまり
二楽章:夕べ
三楽章:楽しい遊び
四楽章:たけなわの春

三楽章は楽しい遊びというタイトルだが、自分はどちらかというと危険な遊びというイメージをしてしまう。

スケルツォの部分からなのだが、この部分が、ナイフをもって追いかけっこをしている。しかもそれが塀の上で。

どこで下に降りるのかはわからないけど、最後は追いかける側がナイフを突きたてようとした寸前のところで、追いかけられる側は塀の下に空いた小さな穴に滑り込み、ナイフが刺さるのをかわすというイメージだ。

こんなイメージではとても楽しい遊びとは言えない。

1楽章



2楽章



3楽章




4楽章


前進

とても天気がいいにも関わらず、三連休は特別外出せず、基本的には家にこもっていた。

普段、平日にやろうやろうと半ばノルマのように課していることができていないので、それをこなそうと思ったのだ。


ノルマがこなせないと、前進していないように思えてきて焦りだし、そしてその焦りから他のことに目移りしてしまう。


ノルマをこなさなければいけないとは思いつつも、この三連休で思いっきり目移りをしつくした。

やりだすときりがないが、大体八分目ぐらいは遊びつくしたので満足だ。


が、一方で興味が分散しまくり、それはそれで知識はついたのではあるが、本質的な意味で前進をしていないなと感じてしまう。

たてた目標をクリアしたわけでもなく、ただ時間を無駄に使ったと感じてしまう。


年初めの初心にもどり、やはり地道に日課をこなしていく。

日課になれば、そのうえで新しいこともできる。

そうすることしか不安を解消できないのではないかと思う。

2014年3月23日日曜日

文法書

先日のことになるが、英語の文法書なるものを買ってみた。

いわゆる文法書といっていいいのかは微妙なところであるが、なかなか面白い。



                  TOEFL対策 完全英文法

中学校以来文法をやっておらず、それ以降は多読(と多聴)と、最近はLang-8をやり始めてアウトプットをしたりと適当に英語に触れ続けてきた。

なので、熟語とかもあまり知らず。中学校レベルプラスアルファといった感じ。

いざ、英語で表現しようとすると、どう表現するのか迷ったような経験を何度したので、文法書というものをみてこういう表現があるのかと感動した。

そして、仮定法とか時制の一致とかも、高校以来ずっとわからずに放置していたのだが、今更少しわかった気がする。

それでも完全に身につくまでにはまだまだかかりそうである。

残業

いい年をして、未だに残業の取り方がよくわからない。

今まで幾つかの職場で働いてきたが、基本的には残業がないという職場だったせいもあると思う。

それと派遣社員であること。




今までやってきた仕事はコールセンターの仕事が多く、退勤間際に面倒な電話などに当たらなければ、残業なしで退社できた。

そのような電話対応以外で残業をしようにも、残業をしてまですることがない。




もっと言ってしまえば、未だに派遣という働き方がいまいちわかっていないし(システムの問題ではなく)、さらに時給制で働いていることにも引け目を感じている。

時給制で働いており、(時給制に限った事ではないが)タイムカードで勤務時間を管理されている。

残業をするということはその分、時給が発生してしまう。

残らないなら残らないでも、特別大きな問題は発生しないのに、わざわざ残るというのは、時給のためと思われるのが嫌なのだ。

残って、自主的になにか作業をしたからといって、なにか貢献できるわけでもない。

そもそも、なにか作業をする以上、おそらく慣れない作業をするのだからどれくらいの残業で済むのかもわからない。

そんな状態で残るのは給料泥棒と思われてしまわないだろうか。




そんなことを思うのは、多分自分の目指す方向とズレているからではないかと思う。

半分趣味・・・そんな仕事はないか。でも仕事をしているという意識を持たず打ち込める仕事をやっているのであれば、そんなことを考えることもないのだろうか。

そういう場合は、残ってでも仕事をすることがとても楽しいのだろう。

ズレている場合には、残らなくても特に大きな問題は発生しないので、給料泥棒になるのではないかという杞憂を、さっさと帰宅し自分の時間を過ごすための言い訳にしているのだろう。

ましてや、給料がなくても構わないから残ってでも作業をしたいとはいうはずがない。

ちなみにそれなりの規模の会社でタイムカードなどでの管理がない会社はあるのだろうか。

中小企業であれば、そういう会社もあるだろうが。実際、自分が過去に働いた職場でタイムカードでの管理がない会社もあった。

逆にいえば、タイムカードで管理されているからこそ、労働時間に対して給料がきちんと払われているかどうかを証明できて、万が一の場合でも雇用される側は守られているのだが。




これが正社員のような固定給で、自己の判断の裁量がもっと大きい立場であれば、話は変わってくるのだと思うが、どうだろう。

そういう意味では、雇われの身より、自営業のような形態も気楽でいいなと思えてくる。

もちろんそういう側面に関しては、ということだが。総合的にみたら、会社員より大変かもしれない。

2014年3月22日土曜日

『天国へのカウントダウン』

昨日に引き続き、もう一本映画をみました!

こんなに天気のいいのに、外出もせずDVDをみている自分って。。。

タイトルにもある通り、名探偵コナンシリーズの『天国へのカウントダウン』を見ました。

以前一人暮らしをしていたころに、シリーズ後半の作品はまとめてみたのですが、『天国へのカウントダウン』とかその前後の作品はみていませんでした。

ずいぶん昔に映画館でみたような記憶もあるのですが、最後に車でプールに飛び込むぐらいしか覚えておらず、それ以外どんな話だったか覚えてないので改めて見てみました。

最後に車でプールに飛び込むというシーンは覚えていたのですが、なんでそういう経緯になったのか忘れてしまってもやもやとしていたのですが、スッキリしました!

そして、最後のカウントダウンのシーンはしびれました。

車で隣のビルへ飛び移る提案をするコナン、冷静に計算して可能かどうか分析する灰原、そしてそれを想定済みの上で提案をしているコナン。

このあたりも好き。

ストーリとしては、日本画家の先生の殺人計画と黒づくめの男たちの殺人が偶然にも絡んでしまったという話。

日本画家の先生は先生で殺人の計画を立てていて、殺そうとしていた人を予期せず先に黒づくめの男たちに先に殺されてしまい、それをうまく利用して連続殺人にみせかけ、一方で自分にはアリバイをつくり自分を容疑者から外す。

爆発関係は黒づくめの男たちの仕業。

黒づくめの男たちが殺したプログラマーの男が持ち出した極秘情報をPCごと破壊するため、それと灰原がツインタワーにくることをたまたま知ったので、ついでに爆発で始末するため。

その爆発のせいで、いろいろ退路を経たれ奮闘するという話で面白かったです。

『天国へのカウントダウン』の他に、古い作品だと『ベイカーストリートの亡霊』と『銀翼の魔術師』が微妙に覚えてないので、今度みようっと♪